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鶏籠山城本丸
 
最高所位置し北に八幡宮跡が残る

         鶏籠山城とは        

鶏籠山城は1499年に赤松政秀が赤松村秀の為に築いたと伝わる。
初代城主は赤松村秀で、その後、息子の政秀(1570年に毒)広貞、広英と続いたが、1577年、羽柴秀吉が播磨に侵攻し広英は戦わずして城を退去、降伏した。
鶏籠山城は蜂須賀正勝に与えられ、蜂須賀正勝が阿波徳島に転封されるまで治めた。
以降、木下勝俊、小出吉政と入れ代わり、関ヶ原の戦いの後、播磨五十二万石で入封した池田輝政の属城となり家老 荒尾但馬守が1617年に五万石で入封した。この頃、山麓に龍野城が築かれ、山上の鶏籠山城は廃されたと考えられる。


         訪城紀行


別名龍野古城とも呼ばれる鶏籠山城は龍野城背後の鶏籠山(標高218m)の山上に築かれた連郭式山城である。
山麓紅葉谷からの登城道を進むと、武家屋敷跡・番所跡を通過し、山上の城へ到達する。山上の城は最高所に本丸、そこから南西に向け広く細長い腰郭でもうひとつのピークの二の丸と連結している。さらに二の丸よりは七段前後の高い切岸を用いた段郭群が配置される縄張りとなっている。
鶏籠山城は山麓に龍野城が築かれた際に破壊はされているものの本丸の周辺には現在も野面積みの石垣跡が残されている。また二の丸より南西にかけての段郭群も良好な状態で残る。鶏籠山城は規模も大きく、山麓の近代城郭である龍野城とは、
また趣が変わり、中世の山城遺構を楽しむことができる。

        アクセス方法

国道179号線より龍野橋を渡り、龍野街中を進む。
龍野神社脇にある鶏籠山登山道(紅葉谷経由)より登城します。

最下部にGoogleマップ登城口位置添付



所在地 兵庫県たつの市龍野町上霞城 
形式  連郭式山城
現状  山林
築城年代  室町時代
遺構  郭、石垣、竪掘、武家屋敷跡等
主な城主 赤松氏 
見所 竪掘、二の丸南西段郭群、石垣
 おすすめ度 ★★★★ 
 登城道整備  
 主郭まで  駐車場より20分
 登城難易度  
 駐車場 龍野神社の駐車場 
訪城日 2009年11月30日 

おすすめ度はが多いほど見ごたえがあり、最高★★★★★まで
登城難易度は数値が多いほど城へ到達する距離、
時間、困難さを示します
数値1〜5
上記各種データの説明はコチラです→
上記 データの 説明

本丸切岸の石垣

本丸切岸には石垣跡が残る

二の丸

本丸南側の鶏籠山の
もう一つのピークに位置する

本丸、二の丸間の長い郭
 
本丸群と二の丸群を連結する 

二の丸南西の段郭群

七段前後の段郭が続く

本丸北西の竪掘
 
紅葉谷より登城すると
状態良く残る竪掘が見られる
 
井戸
今でも水を湛えていた
 
侍屋敷跡

畑に転用されていたという

番所跡
鶏籠山登山道を進むと広い番所跡が残る
 
 
鶏籠山城遠望
紅葉谷より登城すると秋の紅葉も美しい