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根福寺城
 所在地 大阪府貝塚市秬谷
 形式  平山城(標高283m・比高100m)
 現状  山林
 築城年代  戦国期
 遺構  曲輪・土塁・堀切・畝状竪堀 他
 主な城主  松浦守および根来衆
 見所  畝状竪堀(七つ砦)
 おすすめ度  ★★★★
整備された道   有り
主郭まで   登城口より20分
登城難易度  2
駐車場   登城口近くの墓地周辺のスペース
根福寺城 大門
大門 
西城と東城の中間点にあたる。
 アクセス
阪和自動車道貝塚ICを降り木積南交差点を右折し府道40号に入ります。80 mほど進んで信号を右折し、200mほど進みます。
近木川を渡ってすぐの交差点を左折し200m進んだ所にある交差点(阪和道の高架下を潜る)を右折します。そのまま道なりに約4.3km進んだ所に、左手に根福寺城の説明版があり、案内板右手にコンクリート製の階段があるので、それを利用して登ります。
登城口位置 ページ下部にマップ添付


 訪城記録
根福寺城は貝塚インターの南方の和泉山地北側に位置し、東西各ピークに曲輪群を連郭式に展開する一城別郭の城です。城域は東西500m南北350mに渡ります。東のピークの城は平坦面を中心とする縄張りから山岳寺院を転用したと考えられます。麓の城址案内板右手にコンクリート製の階段があり、それを利用して登ると城内の遊歩道に合流します。遊歩道を西に進むと東西のピークの中間部で一見、堀切に見える大門と呼ばれる位置に到達します。大門よりアルミ製の階段を登り西城へと向かうと、井戸跡と石類が散乱する腰曲輪に到達します。位置的に大門の真上にあたるので石類は投石用に使われた可能性が想定されます。さらに登ると、主郭手前まで続く細長い尾根には、東端に逆L字状の土塁を持つ腰曲輪と帯曲輪が連なっています、ここは「ウマカケバ」とも呼ばれています。西城の主郭は千畳敷という呼称を持ち、根福寺城でもっとも大きな曲輪です。曲輪端部からは関西空港や淡路島が望めます。主郭の北の尾根は「ハナバタケ」と言われ、高い切岸下に腰曲輪を設けて堀切で遮断しています。主郭西は二段の腰曲輪を造成し、下段の曲輪から岩石剥き出しの尾根筋を降ると巨大な土塁のコブが並列する畝状空堀群がある空間へと至ります。これらのコブは、大きいもので高さが3mを超え、畝状空堀を構成する土塁の高さとしては美濃の明智城と並んで極めて高いものです。一見すると櫓台にも見え、この土塁を持つ空間は七つ砦と呼ばれています。東城へは大門より西城同様に道が通じており数段の腰曲輪を経て山上部の主郭へと至ります。東城は北・西へは多数の鋭角な切岸を持つ腰曲輪を設け端部を堀切で遮断しています。西方向の尾根は腰曲輪を造成するも堀切で遮断せずに大門に至ることから東西の城の連絡線として機能していたことが伺われます。
2020年月日訪城
③⑬⑭⑮

縄張り図 掲載書籍 
戎光祥出版『図解近畿の城郭Ⅰ』ページ 
『図解近畿の城郭Ⅰ』ページ

 歴史
根福寺城は別名・野田山城と呼ばれ、天文4年に和泉守護・細川元常の被官であった和泉守護代の松浦守がを築いたと伝わる。守は四国滞在や在京など、和泉国を留守にする細川元常に代わり、守護代として和泉国の支配を担っていた。
天文年間末になると和泉の国人を束ねる松浦守は、守護・元常と距離を置きはじめる。天文17年に元常が敵対する三好長慶と結んで袂を分かち、翌・天文18年に守は元常を追放して和泉国の実権を掌握した。
その後、弘治年間までに守は死去し、家督を実父が十河一存とする松浦光が継いだ。弘治3年、光の家督相続に不満を持つ蛇谷城主の松浦虎が根来寺と結び三好長慶・松浦光から離反した。根来寺は和泉国での勢力を拡大し、当城を勢力下とし、名を根福寺城と改められた。本能寺の変後の天正13年、織田信長の後継者となった羽柴秀吉と敵対した根来寺は紀州征伐を招き敗北。根来寺の勢力は大きく減退した。この戦いに関わる史料には根福寺城は登場せず、すでに根福寺城は使命を終えて廃城となっていた可能性が考えられる。
 
おすすめ度はが多いほど見ごたえがあり、最高★★★★★まで
登城難易度は数値が多いほど城へ到達する距離、
時間、困難さを示します
数値1~5
上記各種データの説明はコチラをクリック→
上記 データの 説明      
根福寺城 井戸曲輪
井戸曲輪 
井戸跡と人頭大の石がある。

ウマカケバ
東端部は逆L字状の土塁がある。
 

西城主郭 
関西空港や淡路島が望める。
 
ハナバタケ
高い切岸下の腰曲輪。
 
 
主郭西の腰曲輪
二段の腰曲輪が造成される。 
 
畝状空堀群
6条の竪堀で構成される。
 
 
畝状空堀の土塁
高さは2mを超える土饅頭。 
 
東城の腰曲輪
幾段も連なる。 
 
東城主郭
西城と比べると規模は小さい。 
 
東城の鋭い切岸の曲輪
鋭角な切岸である。 
 
根福寺城 登城口位置